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国道本と言えばやはりコレでしょう

先日、大学生協の書籍部に、佐藤健太郎『ふしぎな国道』 (講談社現代新書、2014年)がやたらに沢山並んでいたのですが(なんで?)、しかし、国道本と言えば松波成行『国道の謎』(祥伝社新書、2009年)ですよ!

と言うわけで、同書を紹介した過去記事再掲です。

---ここから過去記事再掲---

世の中には「酷道」と呼ばれる国道があります.それは,先日紹介しました国道308号のように,車がやっと1台通ることが出来るような生活道路の場合もありますし,車ばかりか登山客でも敬遠するような山道が国道に指定されていたり,途中が階段になっている国道さえあります(愛妻の運転で「酷道」を走ったことがありますが,「対向車来るな!」と念じながらの走行となりました.結構な「恐怖」でした).

そんな,国道の魅力(?)をあますところなく伝えようとした書物が,今日ご紹介します下の写真の本です.

国道の謎082_convert_20101115125757

新書ですが,400ページ近くあります.しかし,全国に459路線あり,総延長約55000kmに及ぶすべての国道が紹介されているわけでは勿論ありません.著者独自の基準により取捨選択されていますが,いずれも丹念にその歴史や現況を解説したもので読み応えがあります.

ちなみに,本書で取り上げられている国道は,階段国道として有名な339号,最短国道である174号,漁港へ向かう177号,米軍基地につながる189号,海上国道の58号,「明治国道1号」の道筋を辿る133号,谷川岳に残る通行不能の291号,標高日本一の292号,無料高速「名阪国道」で有名な25号,なかなか国道になれなかった「第三京浜」の466号です.

一読すれば,国道に対する既成概念がひっくり返ること間違い無しの書物です.ビフォー・アフターで世界観が根本から変わってしまうような書物を「名著」と呼ぶならば,本書は「名著」と呼ばれるに相応しいと思います(勿論,「人によっては」です・・・).もともと道好きだったDPLも,本書を一読して国道の魅力に取り憑かれました.

なお,著者は共著で,写真を主体にした『酷道をゆく』『酷道をゆく2』(いずれもイカロス・ムック)も出しておられまして,それらに掲載されているカラー写真と比較しながら本書を読み進めますと楽しさが倍増(倍増以上かも知れない)することでしょう.それから,下の写真のようなDVDも出しておられます(これは総集編に相当します.他にも地域別に販売されています).

酷道ビデオ083_convert_20101115135233

著者の松波氏自身も出演されておりまして,進行役の女性(Ayaさんという方.タレントさんでしょうか?),大石久和氏(元国土交通省技監,京大客員教授.『国土学事始め』『国土学再考』の著者として知られる)とのやり取りも実に楽しい.

騙されたと思って,今日ご紹介しました本とDVDを買って,読んで,見てみて下さい.きっと,国道の魅力から逃れられなくなりますよ(悪魔の誘いでした).

書誌データ等:
http://www.amazon.co.jp/dp/4396111606/
http://www.amazon.co.jp/dp/B0043GL96G/


---再掲ここまで---

階段国道とか、あまりにも有名になってしまったなあ~。本当は「知る人ぞ知る」の状況のままでいて欲しいんだけど、一方で、「こんな道があるんだぜ」と人に話したくなるという矛盾をボク自身は抱えこんでいます。

越すに越されぬ大井川

金谷の話題が続いておりますが、旧金谷宿と言えば、誰もが連想するのが大井川の川越しでありますね。

下の風景版画は、言わずと知れた安藤広重の『東海道五十三次之内』の一枚(国立国会図書館近代デジタルライブラリーで公開されている『東海道五十三駅風景続画』(岩波書店、1919年)から引用)。

金谷_convert_20150829215837

下の写真は、金谷側の川越し場の跡。前方の細い道は、現在の大井川の堤防に至ります。上の版画(たぶんデフォルメされているけど)の中の小さな橋の手前辺りになるのかな?(写真とは方向が反対であることに注意)。

大井川2_convert_20150829204050

現在の大井川はこんな感じ。金谷側からなので、対岸は島田ですね。

大井川1_convert_20150829204035

ふーふー言って金谷峠を越えたら、大井川かあ。昔の旅は大変だなあ~と改めて思います。

ここでは自撮り写真を撮り忘れた(愛妻に見せようと思ったのにな)。

金谷坂の石畳

石畳の山道であります。風情がありますね。

金谷坂2_convert_20150828231736

ここは、実は旧東海道であります。金谷宿と日坂宿(いずれも静岡県)の間の金谷坂と呼ばれる難所でした。

下の看板に書いてありますように、当時の石畳の区間は30メートルしか残存しておりませんでしたが、平成3年に地元の方々のご努力で430メートルの区間が復元されました。

金谷坂1_convert_20150828232112

実に素晴らしい。

旧東海道は、あまり拡幅されていない区間でも舗装されて生活道路になっている場合が多いので、このような石畳の道は貴重ですね。

さて、石畳道を背景にした自撮りです。

金谷坂3_convert_20150828231752

別に自分が好きなわけではなくて、愛妻に元気な姿を伝えようとしたんだYo!

丸型ポストは旧街道によく似合う

以前、「丸型郵便ポストのある風景」という記事を書きましたが、不定期シリーズ化してしまいましょう。

と言うわけで、今日はこれだ。

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面している道は、旧東海道であります。丸型ポストは旧街道によく似合う。

撮影場所は、旧東海道の金谷坂を下りた丁度金谷宿の入り口辺り。真っ直ぐ行くとJR金谷駅の裏側に突き当たります(写真でも架線柱がちょっと見えてるよね)。金谷と言えば、もちろん「越すに越されぬ大井川」の右岸にある宿場町であります。

ところで、金谷坂は石畳が復元されていて、旧街道の趣き満点です。茶屋もあるので、「愛妻と来たら良かったな~」という感じだYo!

今日で授業終わり!

木曜日の1時間目で、前期の授業終わり!であります(自分の担当分ね)。受講生の皆さん、試験頑張ってね!

さあ、夏休み!とはもちろん行きません。期末試験だってあるし、会議だってあるし、その他もろもろあるし・・・で少なくともあと半月以上は夏休みとは無縁です(社会人だから当たり前だよね。今更ですが)。

愛妻と最後に海水浴に行ったのは何年前だったかなあ~。とにかく、ボクと愛妻はレジャーとは無縁なのだ。まあ、授業がない分は、勉強ができるので、それで満足ですボクは。しかし、毎年、この時期、同じこと言っているような気がするなあ(汗)。

さて、気持ちだけでも夏休みというわけで、気分を出してくれる(?)写真を貼りましょう。

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ただの階段じゃないよYo!熊野古道に続く階段であります(と言うより熊野古道の一部ということになるかな?)。

何年か前に熊野古道を歩いたときの写真。それにしても、このときは暑かった。「真夏の熊野古道はキツイ」というのが正直な感想。今度は涼しい季節に行きたい。

夏なんですか?

近畿も梅雨明けしたようですね。

でも、暑いのは暑いけど、雲が多く、抜けるような夏の青空とは行きませんねえ。蝉も何となく元気が無いや。

と言うわけで、過去記事の中から夏っぽい写真を貼った記事を一つ。

---ここから過去記事再掲---

今日から今月一杯全部出勤日であります。

さて、下の写真は、愛妻とかつて歩いた道です。ある年の夏であります。

道_convert_20130119203850

何の変哲もない田舎道ですが、DPLはこんな風景が大好き。

暇ができたら、またぶらぶら歩いてみたいなあ。


---再掲ここまで---

この記事自体は、夏ではなくて、2013年の1月に書いていますねえ(寒さに嫌気が差したんだろうなあ)。

この過去記事では「今月一杯全部出勤日」とありますが、今日から月末まで、26日以外全部出勤日だ。8月に入っても、学会の座長や、教員免許更新講習の講師や、通信教育部の集中講義の仕事やが連続するなあ。まあ、いいや。

あの道はここに繋がっています

昨日は、愛妻の前だとおちゃらけるボクの日常の一端をうっかり書いてしまって反省なのであります(汗)。

さて、連休も終わりましたが、皆さんは如何お過ごしでしたでしょうか?ボクは充電ではなく放電して草臥れましたが、唯一、隙間時間に坂井豊貴『多数決を疑う』(岩波新書)を読んだのは収穫でした。

この本、社会選択理論の数理を入門的に解説した本だと思っていたのですが(もちろん、そういう面もあり、数式を一切使わないで理論的内容をうまく説明しています)、もう少し思想的広がりを持った好著でした(著者の真摯な姿勢が伝わって来ます)。伊達に評判が良いわけではないと納得。

大いに啓発されましたので、同じ著者による『社会選択理論への招待』(日本評論社、2013年)も読んでみようと思います。

さて、一昨日紹介しました岡山市内の旧西国街道は、この商店街に繋がっています。

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岡山駅西口からほど近い奉還町商店街であります。以前にも岡山に出張した時などに、ぶらぶら歩いていましたが、実はこの商店街が旧西国街道と知ったのは最近なのでした(汗)。

結構長~い商店街ですが、ここからほぼ迷わず一昨日の道まで辿って行けます(一部国道180号線に飲み込まれている区間がありますが、それ以外は雰囲気を残しているよ)。

岡山市内の西国街道

春に岡山を訪れた際に、一寸だけ旧西国街道(山陽道)を歩きました。

これはそのときの写真です。吉備線の備前三門駅と備前一宮駅の間に相当します。ワタクシは備前三門駅から歩き、笹ヶ瀬川の手前で折り返しました。

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旧街道の匂いがぷんぷんする道で、古い町並みも随所に残り、歩いて楽しい道でした。結構辿れますよ。

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自動車の通行量も少なくて歩き易い道でした。

さて、この連休のお勧めは、同じ西国街道でも大阪府下の区間。こちらも意外に雰囲気を残しています。と言うわけで、過去記事を貼ってしまいましょう。

---ここから過去記事再掲---

春先に、空いた時間を使って旧西国街道を少々歩きました。下はその時の写真です。

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場所は茨木市内の旧郡山宿。左に写っている建物は、当時の本陣です。1718年の火災の後、1721年に再建されたものとか。あの播州赤穂城主・浅野内匠頭長矩もお泊まりになった記録があるそうです(もちろん、再建前だね)。

高槻市の旧芥川宿から歩き始めて、途中、沿道にある今城塚古墳を見学したりして、道草を食いながらぶらぶら歩きました。丁度、郡山宿で次の用事に向かうべき時間になりましたので、西国街道から外れてJRの茨木駅の方に抜けました。

旧西国街道の少なくともワタクシが歩いた区間は、比較的道幅が狭いままで(舗装はされていますが)、とても雰囲気が良かったので、今度は通しで歩いてみたいのであります(途中、拡幅工事らしきものをしている区間があったのは気になりますが)。

この本陣、内部も公開されているようですので、「今度、愛妻を誘って行ってみようかな」と思ったのですが、5人以上の事前予約制なのね。残念。


---再掲ここまで---

まあ、ワタクシは再訪したいけど当分行けません。しかし、「近くにも旅気分に浸ることができるような場所はたくさんありますよ」というお話でした。

香春岳という異景と秋月街道

あれ~、6月も終わっちゃうよ!

そう言えば、今月は旧街道を全然歩いていない。それどころか、愛妻と散歩もしていない。

と言うわけで、自分を慰めるために、旧街道写真を2枚ほど。

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秋月街道であります。長崎街道よりも古く、中世に遡ることができる道だそうです(アクロス福岡文化誌編纂委員会編『アクロス福岡文化誌1:街道と宿場町』海鳥社、2007年、p.68)。今年の3月に歩きました。

背景の異様な山は、香春岳。五木寛之の『青春の門』ですっかり有名になった山です。ちなみに、『青春の門』は「香春岳は異様な山である」という有名な文章で始まります。

石灰岩の採掘で、てっぺんが平になってしまったこの山、五木寛之でなくても気になる存在です。

こちらも、秋月街道と香春岳。香春町内ですね。

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しかし、秋月街道が賑わった時代は、香春岳も普通の山容だったんでしょうねえ。

それにしても、筑豊という土地は、興味が尽きません。

鋸屋根に旧街道はよく似合う

なかなか趣のある木造の工場(テザック三ツ松工場)と細い道です。この工場の屋根は所謂鋸屋根ですね。繊維工場で良く見られた形態であり、貴重な産業遺産です。

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このカーブしている細い道は旧街道の「水間街道」であります。鋸屋根に旧街道はよく似合うね。

以前に、愛妻が不在の日曜日に水間鉄道に乗りに出かけたのですが(「乗り鉄」じゃないですか!このときの水間鉄道についてのレポートはコチラ)、その帰りに水間観音駅前から岸和田まで歩いた時の写真です。

旧水間街道は水間鉄道に平行していますから、行きは電車、帰りは歩きという手段が選択できるのであります(貝塚駅まででしたら5.5kmですから、距離的にも大したことはありません)。産業遺産見学と旧街道ウォークを兼ねて、皆さんも出かけてみては如何でしょう?

車が邪魔だなあ

唐突ですが、英国ケンブリッジ郊外のグランチェスターという小さな村です。

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愛妻と知人夫妻の4人で訪れた時の写真で、左側に愛妻とその知人が写っていたのですが、カットしました(だから、ちょっと不自然な構図です)。

英国は意外に車社会で、車だらけ。「こんなに車が止まっていると、村の風情が台無しだなあ~」と言うのは旅人の勝手な感想です(そもそも知人の車で来たんだよねえ(汗))。

大牟田の旭橋

「愛妻とのツーショット写真で良いのはないかな~」と思って、HDをゴソゴソ探していて、偶然出てきたのが以下の写真群(愛妻は関係無いけど)。

2010年の春に、三池炭鉱の遺構群を見るために、初めて大牟田を訪れた時の写真。

「何となく味のある橋だなあ~」と思って、何枚かシャッターを切っていました。

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「旭橋」という名前の橋のようです。

上の写真の親柱の上には何もありませんが、下の写真のように、もともとは球が乗っていたようです。

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大正13年に架けられたんだね。かれこれ90年ですか!

この柱の上には照明器具があったのでしょうか?

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ああ、イイですねえ~。

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最後に、ちょっと離れたところから。全景は撮っていなくて、これでもこの写真が一番全景写真に近い。

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欄干も昔のままだったら良かったんだけど、安全のためだから仕方ないよね。

しかし、ボクのパソコンのHDの中って、今日紹介した写真のように撮影したことをすっかり忘れている膨大な写真が眠っています(旅先で、「あれ?」と思うとすぐにシャッター切ってしまうからねえ)。せいぜい発掘して、ここに貼ることにいたしましょう。

引っ張り過ぎだなあ~

「ここまで引っ張るのもどうか?」と思いましたが、今日も「横大路」と「下ツ道」の交差点ネタです。

そう、もう何となく予想がついたと思いますが、あと一つ、南方向の写真が残っていました。と言うわけで、コレ。

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う~ん、普通の道にしか見えないや。これじゃ、詰まらないよね(それに、最近同じようなネタが続いたためか、訪問者が減っているような気がする・・・)。

と言うわけで、とっておきのピンクネタを再掲してお茶を濁します。でも、今日の話題と全然関係無いなあ~。まあいいや。

---ここから過去記事再掲---

DPLはピンク色が大好きですが,なぜ自分がピンク色が好きなのかあまり深く考えたことはありませんでした(「好きなものは好きなのだ!何か不都合ありますか?」という気持ち).でも,最近,一寸だけ自分がピンク好きの理由を考えてみようと,下の写真の本に手を出しました.

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野村順一著,中村充写真「ピンクの秘密」(文藝春秋,2008年)です.著者の野村氏は,商品色彩学専攻の商学博士.なお,商学に商品学という分野があって,旧高商系の経済学部・商学部などで開講している(していた)ことはDPLも知っていましたが,商品色彩学とは不勉強ながらDPLは初めて聞きました.

それは兎も角,著者は,「ピンクが好きな人の人物像」は,「『愛したい!愛されたい!ヒトの世話をしたい』愛にあふれた人」(p.9)と書きます.「愛したい!愛されたい!」,これについては,当たっています(但し,DPLの場合は,愛の対象は愛妻限定ですけど.それに,「愛したい!愛されたい!」のはピンク好きでなくても誰でもそうじゃないのかな?).しかし,「ヒトの世話をしたい」はハズレだなあ.

それから,「ピンクは無邪気の色,女性そのものの色」(同頁)とも書いておられますが,DPLは邪気の塊だし,ピンクを「女性そのもの色」と言われても男子のDPLは困ってしまいますね(DPLは,フェミニンを装っているつもりはまったくないし…).

著者は既に故人になっておられ,本書は遺稿等をもとに編集されておりますので,記述に体系性はありませんが,中村氏の美しい写真を楽しみつつ,興味のある部分を拾い読みしていくのが,本書のベストな読み方ではないかなと思います.DPL的には,「色の中で,若返りに強烈な効力を発揮するのは唯一ピンクです.ピンクは大脳を刺激して,若返りのホルモンを活発にさせます」(p.16)という記述に目をひかれました.ピンク色の装いの人は男女を問わず若く見えるのは確かですね(素人考えでは,大脳生理学的理由よりも,単に「見え方」の問題のような気もするけど…).

色彩に関する心理学や生理学にDPLは疎いので,記述の科学性についてDPLは論評する資格を持ちません.色彩占いのような記述もあり,この点,少々気にならないこともないのですが,目くじら立てずに楽しめば良い本だと思います.しかし,結局,「なぜDPLはピンク色好きなのか?」の答えはわかりませんでした.

ついでに,様々なピンクアイテムを紹介した実にプリティな本を紹介しましょう.下の写真の本です.

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その名も,「ピンク大好き!Pink!Pink!」(トーソー出版,2008年)であります.実に460点ものピンクアイテムが美しい写真と共に勢揃いしています.まさに欲しい物だらけですが,DPLが既に持っているものが載っていたりして,一寸嬉しくなりました.「へぇ~こんなものもあるんだ!!!」と一々驚嘆の声をあげながら,本書を読みました(眺めました).ピンク道は奥が深い.ピンク好きの人は,直ちに本書を入手し,座右に常備するべきです.

さて,今日の記事のカテゴリーですが,「読書案内・本を巡る随想」に入れるべきか,「ピンク大好き!」に入れるべきか,迷いましたが,結局,後者にしました.


---再掲ここまで---

もう5年以上前に書いた記事です(「読書案内・本を巡る随想」なんてカテゴリは廃止してしまったなあ~)。しかし、この頃からの読者って、どれだけ残っているのだろう?

古代道路と言えば・・・

昨日の交差点をさらに90度右に回転いたしましょう。

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かつての「横大路」を飛鳥京方向に見ています。この直線、イイですねえ~(道は曲がっている方が好きだけど、古代道路は真っ直ぐがイイ)。

ところで、「古代道路と言えば、この本です!」と言うわけで、以下過去記事再掲です(2013年3月の記事)。

---ここから過去記事再掲---

奈良には古道が多いですが、「暇ができたら山辺道を愛妻と歩きたい」と常々思っているワタクシであります(なかなか果たせないけど)。

ところで、古代の道と言えば、だいぶ前に、このブログで連続して「古代道路」を取り上げたことがあります。律令国家によって設定された駅路で、直線的で幅員が大変広い(前期は12メートルぐらい)という特徴があります。古代に突如現れ、その後消えてしまった幻の高規格(?)道路です。

この「古代道路」の痕跡の探索がマイブームだったわけですが、その後、沈静化しておりました。ところが、最近、再び「古代道路」が気になりだしました(特に理由はありません。逃避かもしれません)。

と言うわけで、関連書を3冊同時にアマゾンに注文しました(私費だよ。ワタクシは本は原則私費でしか買いません)。

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いずれも、近江俊秀氏の著作です。近江氏はもと奈良県立橿原考古学研究所主任研究員で、現在は文化庁の文化財調査官をされている日本古代交通史の研究者です。

まだじっくり読む暇がないのですが、仕事の合間に、写真や図版を眺めたり、本文を拾い読みしたりしています。近江氏の文章も生き生きしていて良い感じです。もちろん、奈良の事例紹介が多いので、これらを片手に歩き回りたいなあ。

特に、『道路誕生』が、考古学の立場からの古代道路入門として非常に良く出来ている感じです(内容には関係ない話ですが、アマゾンが送ってきた現物が、少し痛んでいてションボリ)。

なお、『道路誕生』は、専門書である『古代国家と道路』の内容を一般向けに書き直したらしく、大元のこちらの書物も気になりましたが、お値段が5560円でしたので、購入を見送ってしまいました(専門書としては特に高価ではないのですが、予算の制約もありますので)。

こちらは、図書館から借り出して勉強しようと思います(「ワタクシは本は原則私費でしか買いません」と大見得を切ったのにちょっと恥ずかしい)。


---再掲ここまで---

この記事書いてから2年経ったのに、実はまだ『古代国家と道路』を読むどころか借り出してもいませんでした。もっと恥ずかしいなあ(汗)。

今度は向きを変えてみよう

昨日の続き。

昨日の交差点を、北(平城京の方向)に向き変えて撮影した写真がこちら。

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古代官道の「下ツ道」のなれの果て。中世以降は「中街道」と呼ばれた道です。

写真にはあまり写っていませんが、沿道には歴史を感じさせる建物が多く、本当に愛妻連れで歩くと楽しそうです。ボクは今井町より、写真の八木町の方が気に入ったな。

歴史の交差点

「歴史の交差点」な~んて書きますと、歴史の大きな流れに関連した話を予想させたかも知れませんが、ここでは、単に「歴史街道同士の交差点」という意味です(「なあ~んだ」という声が聞こえそう)。

ココのこと。

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撮影者(ボク)の前後を貫く真っ直ぐな道は、難波京と飛鳥京を結んだと言われる古代道路の「横大路」のなれの果て。その後、伊勢街道に組み込まれました。

なお、写真は西(難波京の方向)を向いて撮影しています。写真の右側の建物は、かつての旅籠ですが、今は民家です。

一方、撮影者の左右に伸びた道は、平城京と藤原京を結んだ古代道路の「下ツ道」のなれの果て。

いずれも古代の官道ですから、かつては幅員がもっと広かったと思われます。以前、古代山陽道を紹介した際に「直線に古代を感じろ!」と書きましたが、今回も同じ台詞を吐きましょう(「直線にロマンを感じろ!」でも良いけど)。

ところで、この写真を撮影した時は、某学会の巡検で行きましたので、愛妻は同伴していませんが、ここは愛妻連れで再訪する価値がありますよ。

お昼休みのお楽しみ

お昼休みの一番のお楽しみと言えば、もちろん愛妻弁当ですが、最近、お弁当を食べながら眺めているのがコレだ。

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この本、街道と宿場町の当時の写真(と言っても、明治時代がほとんどで、本当の江戸時代ではありません。幕末が少々ありますが)が満載されています。

図書館の書庫でたまたま目にして、最初の目的そっちのけで「これは面白い!」と早速借り出して来ました。

「浮世絵で見る当時の姿と雰囲気が随分違うなあ~」というのが第一印象です。もちろん、時代劇で黄門様一行が歩くような街道とも違います。

「なんだか随分と人も町も汚れている」というのが正直な感想。当たり前の話なのですが、時代劇に出てくる人は、やはり、どうしようもなく現代人(人相において)なのであり、恰好も綺麗過ぎるのであります。よくよく考えてみれば、本当に当たり前の話なんですが。

まあ、しかし、この本を眺めていますとタイムスリップしたようで楽しいし、旧街道を歩くときの見方も変わります。

こういう道を愛妻と手をつないで歩くと最高ですよ

昨日の道を、昨日の写真とは反対方向に撮影するとこんな感じになります。

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季節は5月下旬。これからが良い季節です。

ところで、タイトルに「こういう道を愛妻と手をつないで歩くと最高ですよ」と書きましたが、道幅が狭く、他人に迷惑をかけてしまいますので物理的に不可能ですね(自転車の往来も多いし)。失礼しました。

この道も好き

昨日、ミッドサマー・コモンの中の小道を再紹介しましたので、ついでに、同じミッドサマー・コモンの中の道の写真を貼りましょう。

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舗装もされていて、昨日の小道よりも規格が上です。こちらの道については愛妻と歩いた記憶がありますが、晴れた日に歩くと、なかなか気持ちの良い道ですよ。

ケンブリッジの周辺は、こういう散歩道に事欠かなくて、散歩家のワタクシには天国でした。

この道をもう一度歩きたい

「道」関係の過去記事をパラパラと見ていましたら、この道をもう一度歩きたくなりました。

---ここから過去記事再掲---

昨日は,英国の片田舎の細い路地の写真を貼りましたが,今日も引き続き「道」の話題です.

下の写真は,ケンブリッジ市内に幾つかあるオープン・スペースの一つ,ミッドサマー・コモン(だったかな?)の中の小道です.

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この道はDPLのお気に入りの散歩道でした.英国滞在中は,愛妻と一緒に歩くことが多かったのですが,時々思索に耽りたくなると,一人でこの道を歩きました.

昨日の道とは違って,直線的です(局所的には曲がっていますが,大域的には).町の中の道は曲がっている方が良いですが,草原の道は必ずしもそうではありませんね(もちろん,曲がっている方が面白い場合もあります).

こういう自然発生的な道って,道の「原型」を見るようで楽しいですね.


---再掲ここまで---

「英国行きたい病」を再発しました。

道楽したい

「街道歩きたい」衝動に頻繁に襲われる最近のボクなのであります。

関連書籍を読んで自分を慰めていますが、こんな山をハート庵中に作って、愛妻に迷惑をかけております。

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単なる逃避かも知れないけど。

これは見事な一里塚

三重県内に唯一残る旧東海道の一里塚がこちら。

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関宿と亀山宿の間にある「野村一里塚」です。両宿間を歩いたときに撮影しました(一人で歩いたけど、この区間、晴れていたらアクセス的にも距離的にも雰囲気的にも愛妻と一緒に歩くのに良い感じ)。

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昭和9年に国の指定文化財に指定されています。樹齢400年の椋の木が見事ですね(この木は、当時の東海道の様子も知っているのです!)。

関宿側から旧東海道の道路を挟んで撮影した写真がこちら。

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もともとは、道の両側にあったらしいのですが、今は北側の塚のみが残存しています。

一里塚の右横にある御菓子屋さん。

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昭和の香りと一里塚とのミスマッチが、ワタクシなどには堪らないのであります。

夕暮れ時の中山道

巣鴨地蔵通商店街を抜けて、栄和通りを渡った辺り(向こうに見える踏切は都電荒川線)。

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巣鴨地蔵通商店街の延長上のこの通り、旧中山道なのであります(もちろん、巣鴨地蔵通商店街も旧中山道。今更の話だったかな?)。このまま進めば板橋宿ですね。

夕暮れ時に、旅先で一人でこんな道を歩いていると、愛妻が待つ我が家が妙に恋しくなるのであります。

さて、今年度も今日でお仕舞い。新年度も頑張ろう~っと。

真っ直ぐな道

真っ直ぐな道です。

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「我が道を行く」という感じのこの道、正体は、一昨日紹介しました西大寺鉄道の廃線跡です。現在は自転車・歩行者専用道。

もちろん、どこまでも真っ直ぐなわけではなくて、下の写真のように適当な場所でカーブしています。

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まあ、廃線跡らしいカーブです。

西大寺市駅跡から歩き始めましたが、終点の後楽園駅までこんな感じではなくて、下の写真のように途中で行き止まりになります。

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もちろん、現役時代はこのまま真っ直ぐ突き進んでいたわけですが、廃線後、ここから先は住宅用地になってしまいました。

ただ、この廃線跡に建つ住宅の先に、面白い遺構があったのであります。これについては、次回。

ところで、一昨日のブログでは、「愛妻弁当を携えて」と書きましたが、現地で食べるつもりが、行きの赤穂線の電車の中で食べちゃった(エヘヘ)。まあ、結果的に、お弁当を広げられそうな場所が見当たらなかったので、それで良かったのですが。

「古墳カーブ」だって!ウズウズしてきたじゃないか

e8money先生のツイッターでリツイートされていたデイリーポータルZ編集部のツイートで紹介されていたこの記事、滅茶苦茶面白い!

大山顕「細長すぎる大阪市領土と古墳カーブの謎」
http://portal.nifty.com/kiji/150312192969_1.htm

もう現地に行きたくて仕方ありません。ウズウズウズ。特に、「「古墳カーブ」が残る住宅街の道」の方。春休み中に、是非現地を訪れたい。

グーグルアースで確認すると・・・これだな!

古墳カーブ

「Google earth」の文字のすぐ上のカーブね。目を細めて見ると、前方後円墳(写真左が前方部、右が後円部ね)が浮かび上がってきますね。

ところで、この記事を書いておられる大山氏は、中谷礼仁「先行形態論」(『岩波講座 都市の再生を考える〈第1巻〉都市とは何か』所収)で、この古墳カーブの存在を知ったらしい。

「あれ?」と思い、研究室の書棚を見ると、『岩波講座 都市の再生を考える〈第1巻〉』、ボクも持っていました(以前に、「都市計画」の授業を担当したときに、全巻揃えたんだった)。

実は書棚の肥しになっていて、こんなに面白そうな論文が混じっているとは思っていませんでした。早速、会議の合間にざっと読んでみたのですが、これも滅茶苦茶面白いなあ~。思わず、アマゾンで、中谷礼仁『セヴェラルネス 事物連鎖と人間 』(鹿島出版会、2005年)をポチッってしまったじゃないか(古本だけど)。

それにしても、愛妻との食卓の話題に打って付けのトピックだなあ~。

ところで、先の大山氏の記事にリンクされている以下の記事で紹介されている松江市の住宅地は、実はボクも地形図片手に以前に行ったことがあるYo!

大山顕「競馬場の形が残っている住宅地に行ってみた」
http://portal.nifty.com/kiji/141212165831_1.htm

こちらも、面白いので、山陰に旅行される人は是非現地に行ってみて!

守口の一里塚

「愛妻と行きたい宿場町(その2)」で紹介しました守口宿(京街道)の京都方のハズレ付近です。

P1380043_convert_20150312232359.jpg

写真の道はもちろん、かつての京街道(東海道)。一見、フツ~の生活道路ですが、何となくカーブに旧街道を感じてしまうところがあります。

そして、この付近にはかつて一里塚がありました。

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こんなフツ~の道を、かつては旅人が往来したかと思いますと、実に面白いと思うのです。旧街道歩きは止められないなあ。

愛妻と行きたい宿場町(その2):京街道守口宿

「愛妻と行きたい宿場町」シリーズの第2弾です。

今日は、京街道の守口宿であります。ちなみに、「京街道」(「大坂街道」とも言います)は、「東海道」の延長とも捉えることができます(その場合は、「東海道五十三次」ではなく「東海道五十七次」になり、守口宿が57番目の宿場となります)。

京阪の守口市駅西口前に、弓なりに伸びる微高地がありますが、その上を走る幅員の狭い道路がかつての京街道であり、その両脇がかつての守口宿です。

P1370929_convert_20150311213936.jpg

旧街道だった道路は、未拡幅で地道風舗装が施されていますし、古い建物も点在していますので、それなりに宿場町の雰囲気を感じることはできます。

P1370958_convert_20150311213951.jpg

でも、これだけで「愛妻と行きたい宿場町」になるわけではありません。面白いのは、この守口宿、豊臣秀吉の命によって建設された「文禄堤」(先ほど言及しました弓なりの微高地ね)の上に乗っかっていること。

京街道を歩いていても堤に乗っているとは気付き難いのですが、周囲とは高低差がありますので、クロスする道路は全部跨いでおり、そこで気付きます。

ちょっと、グーグルアースで見てみましょう(回転させていますので、左下方向が北)。中央に陸橋がありますが、この陸橋に連結している道路が元京街道の道路です。周囲との高低差が判るでしょう?

文禄堤_convert_20150311223802

こちらは、守口市教育委員会による説明板。

P1370916_convert_20150311213903.jpg
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とにかく、今日は、「文禄堤は一見の価値があるYo!」というお話でした。

愛妻と行きたい宿場町(その1):東海道関宿

新シリーズ「愛妻と行きたい宿場町」です!

ボクは、基本的に旧街道歩きは一人ですが、それでも素敵な宿場町に遭遇すると「次は愛妻と」と思うことがあります。このシリーズではそのような宿場町を紹介して行くことにいたしましょう。

第1回は、東海道の関宿(三重県亀山市)です。

こんな感じ。

CIMG0981_convert_20150309221216.jpg

ちょっと手抜きをして、亀山市観光協会のサイトから、関宿の紹介を引用しましょう。

東海道47番目の宿場町。東追分(木崎)から西追分(新所)まで、約1.8kmの範囲が関宿です。古代から交通 の要衝で、日本三関の一つ「鈴鹿の関」(他は美濃・「不破の関」、越前「愛発の関」)が置かれ、江戸時代には参勤交代や伊勢参りの人々などで賑わいました。(中略)現在、旧東海道の宿場町のほとんどが旧態をとどめない中にあって、江戸時代から明治時代にかけて建てられた古い町家200軒あまりが残っており、往時の姿を色濃く残しています。
http://www.kameyama-kanko.com/home/genre/history/seki01/

上の引用した文にありますように、東西2km弱の町並みは、なかなかのものです。写真も500枚以上は撮ったかな~。これだけの町並みが残ったというのは奇跡だと思います(お隣の亀山宿と比較してもね)。

こ~んな感じの町並みが、本当にず~っと続くんだYo!

CIMG1021_convert_20150309221240.jpg

写真からは判りませんが、そこそこ、観光客で賑わっていました(肖像権侵害を避けるための顔消しとかが面倒なので、人のいないところを写真に収めています)。

レトロな看板の「ナガオ薬局」、ネットで調べてみるとカフェとして使われていたようですが、今は閉店している感じ・・・。

CIMG0979_convert_20150309221154.jpg

とにかく、写真を撮り過ぎて、「もうどの写真を選んだら良いかわかんないYo~」と言うわけで、また続編を書くかも。

やはりこの道が一番意外だった

「意外な道が旧街道でした」という話が続きますが(記事としてはあまり受けは良くないわけですが)、やはり、ボクにとって一番意外だったのは、東大阪市内のこの道だ。

まずは、まだ道の正体を知らないときに書いた記事の再掲から(「このカーブは凄い・・・と思う」と題した昨年1月の記事)。

---ここから過去記事再掲(その1)---

調査のため(道の調査じゃないよ)、たまたま東大阪市内の某所を歩いていて遭遇したカーブする道です。

カーブ2_convert_20140107214409

結構な急カーブですね。

上のカーブを曲がりきって、振り向いたところが下の写真です。この道に沿った建物の形状にも注目してください。

カーブ1_convert_20140107214353

カーブする道に沿って、建物も曲がっています。

空中写真でも確認してみましょう。

カーブ3_convert_20140107220836

「敷地をギリギリまで有効活用するとこの形になった」と言うことなのでしょうが、道の形状も含めて興味深い。

ところで、「興味深い」と書きましたが、実際に車で通行する人には見通しも悪く大変だと思います。ふだん「運転は愛妻まかせ」ですので(運転免許持っていませんので)、ワタクシは運転者に対する想像力が欠如することがあり、自戒しています。


---再掲ここまで---

さて、上の記事を出してから、道の正体に気付き、再度書いた記事(「あの道の意外な正体」と題した昨年3月の記事)がこちら。

---ここから過去記事再掲(その2)---

以前、こんな道を紹介しましたね。

P1390039_convert_20140309233844.jpg

覚えているかな?このだよ。急カーブと平行する建物の形状が興味深いので紹介したのでした。

しかし、実は、この道は歴史的にもただの道ではありませんでした(うかつなことに昨日初めて気付いたよ)。

この道の正体は、東大阪市の若江の辺りで旧「河内街道」から分岐して、鳴川峠を越えて元上山千光寺(奈良県平群町)に至る「鳴川峠越」と呼ばれる旧街道の一部でした。もちろん、千光寺参りに使われたのです(今の状態からは想像もできませんが)。

それにしても、何気なく撮影した道って、後で「旧街道だった」と気がつくことが多いなあ。愛妻とも、いつの間にか旧街道に迷い込んでいることがあります。

「古い町並みを求めて」というのであれば、自然とそうなってしまうのもわかるのですが、古い町並みとはまったく無関係な上の写真のような例は、説明のしようがないんだなあ。


---再掲ここまで---

最後の写真、他人様はどう評価するか知らないけど、自分では意外と気に入っているんだ(だから再掲したくなったの)。

「説明のしようがない」と書いたけど、旧街道は、「細くて長い」と言うのも、「ズンズン歩いて行く」ことを好むボクが迷い込む理由かも知れませんねえ。それに、上の例は例外になってしまうけど、鉄道の廃線跡のようにカーブが緩やかで美しいというのもあるでしょう。

これも長崎街道なんだって

昨日の道が長崎街道だって言うのは、「そう言われてみれば」という感じですが、筑豊本線の天道駅前(福岡県飯塚市)を横切る道も長崎街道なんですねえ。

下の写真は、天道駅を背にして右方向。

P1240087_convert_20150307234915.jpg

こちらは、天道駅を背にして左方向。

P1240088_convert_20150307234932.jpg

このまま真っ直ぐ行きますと、県道473号に合流します。

忠隈炭鉱のボタ山の「見え方」を調査しているときに、通ったのですが、「ここが旧街道」なんて全然意識していなかったなあ。本当に普通の生活道路なんだもん。

この道をかつては参勤交代の行列も通ったなんてねえ。何だか不思議だ。

ところで、旧街道と言えば、最近、東海道の関宿(三重県亀山市)に行ってきたのですが、重要伝統的建造物群保存地区に指定されているだけあって実に見事でした(また紹介するYo!)。「今度は是非、愛妻と」と思わせる素敵な町並みでした。
プロフィールなど

Author:プリティラヴ博士(DPL)
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いまも愛妻に心のトキメキを覚えるハート庵主人・プリティラヴ博士(DPL)が,皆さまに「愛」の御福分けをいたします.愛妻家および愛妻家ファン必読!過去記事の一覧はこっちだよ.
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DPLのプロフィール:愛妻家,甘党男子,散歩家,鉄道青年,活字中毒者,長髪ピンク野郎,英国かぶれ,農学博士,自称経済学者,大学教授(もと経済学部長),馬術部長(残念ながら乗馬経験はありませんが,象にはインドで乗りました)など.主に大阪周辺をチョロチョロしています.

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