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田川伊田駅の地下通路

田川伊田駅の地下通路です。

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こういうの何となくボクは好き。

ところで、田川伊田駅と言えば、以下のような過去記事がありました。

---ここから過去記事再掲---

先月,旧「三井田川炭鉱」の「伊田竪坑櫓」を訪問するために降り立った「田川伊田駅」で,愛妻に電話をかけるためにホームの端っこに向かって歩いているときに,下の写真のような駅名標を見つけました.

伊田_convert_20110410213517

この「田川伊田駅」(福岡県田川市)は,1982年までは「伊田駅」を名乗っていました(1895年に豊州鉄道の駅として開業した時から「伊田駅」です).「田川」が付いたのは町村合併の絡みですが(お隣の「後藤寺駅」も同時期に「田川後藤寺駅」に改称),それはとりあえず置いておきましょう.

とにかく,駅名改称から30年近くが経過しているわけですが,「死んだ」筈の駅名が,まるで幽霊のようにこの世に蘇ってきたわけであります.何となく「伊田駅」の「怨念」のようなものも感じてしまいますね.

ところで,この駅名標,見ての通り,JR九州の標準タイプとは異なり,旧国鉄タイプです.これ自体珍しいわけでありますが,この駅名標のあるホームが,JR九州から切り離された第三セクター「平成筑豊鉄道」専用ホームにあることも関係しているのかも知れません(しかし,JRの方のホームの駅名標は確認しませんでした).

地名も駅名も歴史の産物なので,軽々しく改名して欲しくないDPLとしては,シャッターを押さずにはいられなくなった次第です.

大学が移転した後も駅名を変えなかった「都立大学駅」や「学芸大学駅」を見習って欲しいなあ.


---再掲ここまで---

しかし、この看板、何度見てもおどろおどろしいなあ~。
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これはアルコかコッペルか?

最近、JR西日本の「トワイライトエクスプレス瑞風」の話題を新聞等で目にする機会が増えました(今日の日経にも出ていたな)。元祖トワイライトエクスプレスは愛妻と乗ってみたかったけど、瑞風は西日本管内に動きが制約されるせいか、今一つ関心がわかないのが正直なところ。

まあ、いろいろ情報が入ってくれば、また乗りたくなるかも知れません(とは言いつつ、結構お高いよねえ。定員を考えると仕方がないかも知れませんが)。

さて、今日も先日の貝島ネタ関連です。

これは前にも出した記憶(そのままではないけど)がありますが、貝島炭坑の専用線が写っている空中写真です。

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国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」の中で公開されている国土地理院の空中写真の部分拡大です。1975年3月の撮影だそうです。貝島の専用線としてはもう晩年の姿ですね。

貨車を引いて走行中の蒸気機関車が煙とともにバッチリ写っていますよ(丁度、六坑を出発した辺り)。この写真からアルコかコッペルかまでは判りませんが、何となくアルコっぽいな。

空中写真から意外なものを発見するのも、空中写真を眺めることの醍醐味の一つですねえ。

貝島のアルコを見ていたら・・・

昨日紹介しました『貝島炭礦鉄道』(KEMURI PRO著、南軽出版局)を見ていましたら、こちらの過去記事を再掲したくなってきました。

---ここから過去記事再掲---

ゴールデンウィークも残すところあと2日.早いものです.

あまりGWらしくない日々をおくりましたDPLと愛妻ですが,休日らしく鉄道写真でも貼りましょう(何年も前の写真ですけど).SLの煙です.

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このブログでお馴染みのスノードン登山鉄道(英国ウェールズ)です.前にも同じ写真を出したような記憶がありますが,トリミングをして少し写真の雰囲気を変えました.


---再掲ここまで---

貝島とはまったく無関係(もちろん蒸気機関車つながりではあります)の過去記事です。

機関車の煙は写真などを通して見る分にはノスタルジアを掻き立ててくれて何とも言えない良いものですが、もちろん、現実にはれっきとした「公害」なわけです。

蒸気機関車全盛時代の旅に憧れますが、それは無煙化時代の快適な交通機関の有難味を忘れた現代人の想像力の欠如というものでしょう。と言うことで自戒していますが、でも、理屈ではなく「蒸気機関車全盛時代に生まれたかった」と思っちゃうんだよねえ。

久々に興奮しております

先日紹介しましたKEMURI PROの『鉄道讃歌』に広告が出ていて気になっていたのが、コレ。

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表紙を見ただけで、欲しくてたまらなくなるよね。

南軽出版局というところから出ているのですが、普通の本屋さんやAmazonでは扱っていなくて、模型店や一部の書店(東京だと書泉グランデなど)のみの扱いで、大阪では難波の旭屋書店に行けば売っていることを確認しましたので、早速行ってしまいましたぜ。

なんばCity地下2階の旭屋書店は、ワタクシも愛妻も、普段の動線から外れているのでほとんど行ったことが無かったのですが、立派な鉄道書コーナーがあってビックリ!(ボクは鉄ちゃんでは無いから知らなかったよ(汗))。

『鉄道ピクトリアル』のような鉄道誌のバックナンバーや『時刻表』の古い物(復刻版ではなく。もちろん復刻版も売っている)も売っていて宝の山ではないですか!『鉄道史料』のような専門誌も売っている!

これは知らなかったのが恥ずかしいくらいの場所です。ジュンク堂の鉄道コーナーも充実していると思っていましたが、それどころではありませんねえ。時間があれば、足繁く通いそう・・・(逆に、「知らなかったから時間がなくて行けなくても悶絶することもなかった」と良い方に思っておきましょう)。

話は逸れましたが、このKEMURI PROの『貝島炭礦鉄道』も平積みされていましたよ!早速購入だ。他にも欲しい物が一杯あったけど、ぐっと我慢してこれだけ買いました。大人買いの誘惑に耐えるのは大変だったぜ。

『貝島炭礦鉄道』はきちんとビニールでパックされて売られていましたが、親切なことに「見本」が置いてあり、立ち読みが出来ました。もちろん、最初から購入を決めていたので、立ち読みの必要は無かったのですが、それでも我慢できなくて頁をめくりました。

内容は素晴らしい!の一言。被写体が貴重であることもありますが、写真の腕も素晴らしい。「早く帰ってゆっくり鑑賞したい」と思ってしまいましたが、それで他の鉄道書の大人買いが回避できたとも言えるなあ~。

ちなみに、ワタクシの場合、貝島は炭鉱そのものへの興味から調べ始めましたが、その中で専用線の存在を知り、橋台や築堤などの遺構を通して魅了されるようになりました。

遺構だけでも魅了されてしまう鉄道の、生きている姿がたくさんの写真に記録されているのですから(『鉄道讃歌』の何倍も未公開写真が収録されています)、これはもう本当にたまりません。

まだ成長中の六坑のボタ山の写真もあって、産業考古学的にも貴重なものだと思います(もちろん、機関車の方もそうですが)。

手描きの「貝島炭礦全線圖」も面白くて、しかも貴重な情報がてんこ盛り。

褒め始めますとキリがない。とにかく、宝物になりそうな一冊です。同じシリーズの『基隆炭鉱鉄道』(こちらは台湾だね。『鉄道讃歌』でも取り上げられていました)も欲しくなってきた(一緒に旭屋書店で並んでいたよ)。

久しぶりに浜寺駅前駅

浜寺駅前駅に停車中のモ603。

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もう少し接近しましょう。

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浜寺駅前駅はボクの好きな駅の一つ。駅舎の雰囲気も良いねえ。

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ついでに、過去記事も貼ってしまおう。

---ここから過去記事再掲---

「終着駅萌え」シリーズの第4回です.今回から,形式を変えまして,1回1駅の紹介としますので,タイトルに駅名も入れることにしました.そういうわけで,今日は,阪堺電軌阪堺線の終点である浜寺駅前駅(停留場)を取り上げます.

阪堺線は,愛妻とは寺地町までしか乗車したことがありませんでした(愛妻と何処へ行こうとしていたのか,甘党ならわかってしまいますね).浜寺駅前は,その名前の通り,南海電鉄の駅前にあります.大阪からここに来るためには,南海の方が速くて便利ですので,全線を通して乗る人は少ないでしょう.

南海の方の駅名は「浜寺公園駅」ですので,厳密には,「浜寺公園駅前駅」としなければならないのでしょうが,長いので今の駅名になっているのでしょう(もっとも,南海の方の駅は,開業時は「浜寺駅」でした.しかし,阪堺電軌の開通時には既に現在の駅名に改称されていました).

駅舎はこんな感じ.

浜1_convert_20111014005131

なかなか良い雰囲気です.「昭和遺産」と呼びたくなるような感じです(駅舎自体は,昭和ではなく大正時代の建物らしいのですが).

ホームは1面1線です.基本路面電車ですので,ホームも簡易なものです.

浜2_convert_20111014005157

構内から駅前を見るとこんな感じです.駅前も「昭和」ですね.

浜3_convert_20111014005215

停車している電車は「昭和」ではなく「平成」風です.

浜4_convert_20111014005552

しかし,いいなあ,この感じ.

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南海電鉄の浜寺公園駅付近は,高架化が予定されており(諏訪ノ森駅を紹介したときに書きましたね),同時に浜寺公園駅の駅前も再開発されます.現在も,再開発工事はかなり進んでおり,駅周辺は一変してしまう模様です.

この浜寺駅前駅もどうなるのでしょう?駅舎は取り壊されてしまうのかなあ?南海の浜寺公園駅の駅舎の方は,登録有形文化財であり,何らかの形で保存されるようですが,こちらは文化財として認識されていないようですし・・・.実はDPLは,浜寺公園駅の駅舎よりも,こちらの駅舎の行方の方が心配なのです.


---再掲ここまで---

「終着駅萌え」シリーズって、存在を忘れていたなあ(汗)。

2009年の天王寺駅前

2009年の天王寺駅前の風景。まあ、電停の名前は「天王寺駅前」だけど、どちらかと言えば「大阪阿部野橋駅前」だよねえ。

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わずか8年ほど前の写真なんだけど、中央の電車(阪堺電車のモ163)は現役を引退してしまったし、左端にちょこっと写っているビルは、ハルカスに建て替わる前の近鉄百貨店だ。

愛妻とここから電車に乗って堺に行ったりもしたけど、乗り場が新しくなってからは阪堺電車に乗っていないなあ。

もう一枚おまけ。

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背後の空き地は、キューズモールの建設予定地だなあ。

キハ604

朝起きて、水道の水が冷たいと人生が嫌になる今日この頃です(この感覚、愛妻も「わかるわかる」と言っています)。

さて、それはともかくとしまして、今日の話題です。

写真は、紀州鉄道の今は無きキハ604です。

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紀伊御坊駅の構内に留置されていました(写真は2009年1月。この後、間もなく解体)。キハ604は、同型のキハ603(同年10月で営業運転から引退)の部品取り用に解体せずに残していたものですので、この時点では自力走行する能力は喪失しています。

キハ604の解体とキハ603の引退で、紀州鉄道の旧型車は一掃されてしまい、ワタクシも紀州鉄道を訪れることが無くなりました。

付記:今日の記事は下の過去記事と酷似していることに気が付いた。今から書き直すのも面倒なので、まあいいや。
http://aisaikaken.blog93.fc2.com/blog-entry-2323.html

平渓線と言えば・・・

平渓線と言えば、3年ほど前にこんな記事を書いていました。

---ここから過去記事再掲---

線路を挟んで商店が建ち並びます。

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人も平気で線路内に立ち入っています。別に廃線ではありません。

線路があるのを忘れてしまいそうな風景です。

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しかし、線路上を人が通行するのは禁止されているようです。「鉄路法第70条の規定により200元以上2000元以下の罰金」と書かれていますね。だいたい3.5倍すれば日本円に換算できます。

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実際に、意外と高頻度で列車が通ります。こんな感じ。

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列車が通る場合は、大きな声で注意喚起がなされますので、線路上の人々は一斉に待避します。

さて、ここは台北市内からそれほど遠くない十分(Shifen)という町です。写真の線路は平渓線(三貂嶺~菁桐)という名の盲腸線。見かけと違って、れっきとした台湾鉄路管理局の路線です。

ここへは、先日の台湾スクーリングの一行と訪れました。前日までに授業をすべて終えましたので、この日は観光日です。

願い事を書いた提灯を空に飛ばすことが、この十分の地の名物になっています。上の写真の線路上の人々も提灯を飛ばそうとしているのですね。

と言うわけで、ワタクシも飛ばしました。提灯は線路脇の売店で購入できます。墨と筆も用意されています。

提灯は、9色あり、好きな色を選択できます。ワタクシはもちろんピンクを選びました。ただし、二人一組なので、もう一人同じ色を選択してくれる相棒を見つけないといけませんが、日本人学生の一人がピンク好きでしたので、簡単に決まりました。

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愛妻との健康な生活を祈って、空高く提灯を飛ばしました。


---再掲ここまで---

昨年末に訪れた時は、この時の10倍(目分量です)は人が居たように思うのですが、時期はほぼ同じだったので、曜日の問題なのかな?それに今回は日本人が目立ったなあ~。日本人にも人気の観光地なのね。

ちなみに、今回も提灯を飛ばしましたぜ。

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3年前と同様に、今回も愛妻との健康な生活を祈りました。

台湾で出会った江ノ電

台湾の瑞芳駅の構内に貼ってあったポスターです。

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江ノ電と平渓線では雰囲気が随分と違うけど、面白い試みだね。

ちなみに平渓線の様子はこちら。

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江ノ電にも同じようなポスターが貼ってあるのかな?(そう言えば、前から愛妻と江ノ島や鎌倉を巡ってみたいと思っていたけど、今のところ計画はありません)。

貝島のアルコと言えば『機関車の系譜図』だなあ

貝島のアルコと言えば、臼井茂信氏の名著『機関車の系譜図』第2巻(交友社、1973年)の表紙を思い出すのであります。

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コッペルと並んだ写真ね。六坑かな?

この『機関車の系譜図』もボクの宝物ですが、全4巻を大枚はたいて古本で揃えました(いつも本に少なくないお金を使うボクを嫌な顔一つせずに黙認してくれる愛妻に感謝だなあ~)。

いつも思うのですが、古典機が大活躍していた時代に生まれたかったなあ~。ボクが今、廃線跡を歩くのは、その代償行為です。

『鉄道讃歌』が復刊されていたのね

幻の名著『鉄道讃歌』(けむりプロ著、交友社、1971年)が、昨夏に復刊ドットコムから復刊されていたんですねえ~。恥ずかしながら昨日まで知りませんでした(大汗)。

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昨日、『LaTeX2ε美文書作成入門』(奥村・黒木著、技術評論社)の改訂第7版を買いに難波のジュンク堂に行ったのですが、ついでに覗いた鉄道書コーナーにたまたまあったんだ(久しぶりに覗いたからな~)。

と言うわけで、肝心の『LaTeX2ε美文書作成入門』は買わずに、『鉄道讃歌』の方を買って帰ってきたのだ(汗)。

ボクの好きな貝島のアルコ製Cタンク(弁当箱のニックネームがあるよ)が活躍する写真も収録されています。

貝島の専用線は国鉄宮田線の貨物支線と菅牟田の辺りで立体交差していましたが、高い鉄橋上を走るアルコの写真など、特に印象的であります(童話の一シーンのようだから愛妻と鑑賞するのも楽しいかも)。

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前から欲しかったこの一冊、ボクの宝物になりそうだ。

ところで、この本に登場する貝島のアルコ製Cタンクは、以前ここでも紹介しましたように今も宮若市内に静態保存されています。弁当箱のニックネームの由来が分かるでしょう?

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これは、2013年に訪問したときの写真です。『鉄道讃歌』に出てくる煤けた現役時代よりもピカピカになってしまいましたが、残っていてくれるだけで嬉しいね。宮若市の宝だと思うなあ。

今日も寒かった

今日も寒かったので、また寒そうな車窓風景を見ていただきましょう。

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これは、函館から青森に向かう今は無き「白鳥」号の車窓だったと思います。

ちょっと湿った感じの積雪が、かえって寒いなあ。

愛妻と南の島へでも行きたい(でも飛行機嫌)。

寒いの嫌!

今日は寒かったなあ~。さすがの大阪にも雪が舞いましたよ。

と言うわけで寒そうな写真を一枚。

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もっと寒そうな景色を見ると相対的に暖かくなりませんか?(ならないよね)。

もちろん、大阪ではありません。青森駅の近くにある在来線の車両基地(かつての青森運転所。今の名前はよく分からない(汗))です。去年の冬ですね。寒そうでしょう?

とにかく、今日のような寒い日は、暖かくしたハート庵のリビングで、愛妻とお茶でも飲みながら音楽を聴いているのが一番だなあ。家の外に出たくない。

大きな駅舎は無人でした

結局、暴風雪警報は明け方までに解除され、ちゃ~んと補講に向かいましたぜ(受講生の皆さんはお疲れ様でした!)。

さて、話題を変えまして、写真を一枚。山陽本線の糸崎駅です。

糸崎駅_convert_20170121212738

糸崎は、SL全盛時代には大きな機関区もあり、山陽本線の主要駅でした。今も、この駅を起点終点にしている普通電車も多く、運転系統上の主要駅であることに違いはありませんし、電留線も併設されています。

しかし、ボクが降り立った時は、日中にも関わらず駅の窓口も閉っており、待合室もがら~んとしておりました(一瞬無人駅かと思ってしまった)。もちろん、売店などはありません。

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本当に誰も居なかった(汗)。

愛妻にメールを打ちながら、しばし、広さをもてあましているような構内の風情を楽しみました。

授業が始まってしまったなあ~

今日から授業開始でしたが、いきなり4コマだったなあ。調子は今一つでしたが、あと数回で後期は終わりですから、頑張ろ~っと。

さて、昨日紹介しました折尾駅の旧ホーム(もちろん現役の頃)に停車中の"青いソニック"(883系)です。

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このレトロなホームと斬新なフォルムの883系のアンバランスがたまりません。ボクは基本「撮り鉄」ではないのですが(むしろ「撮り鉄」嫌悪派)、愛妻を驚かせようと思って撮ったんだったなあ~。

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6年前の写真ですが、もうこの頃からホームはボロボロだったんだよねえ。

高架ホームを供用開始した折尾駅

皆様、良いお正月をお過ごしでしたでしょうか?ワタクシは愛妻ともどもやる気だけは満々で新年をスタートさせています。

さて、新たなスタートと言えば、レトロな雰囲気がステキだった折尾駅が、装いを一新して1月2日から高架ホームの供用を開始しましたね(旧駅をこよなく愛しておりましたワタクシは残念なのですが、利用客の皆さんは最新の設備に喜んでおられることでしょう)。

下の写真は、その真新しいホームから旧ホームをのぞんだものです。

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既に廃墟然とした雰囲気を醸し出しています。ほんの数日前までは、現役だったのに・・・。

旧ホームへの階段も残っていますが、もちろん閉鎖されています。

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旧通路は、北口との連絡のためにしばらくは使用するようです。

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この通路が使われなくなった時が、旧駅との本当のお別れですねえ。

台北捷運復興崗駅

先日の台湾スクーリング(昨日の記事を見てね)の会場兼宿舎の最寄り駅です。

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台北捷運(台北の地下鉄)の復興崗駅であります。近代的な駅ですが、異国情緒のある意匠となっております。

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車両はこんな感じ。第三軌条方式で集電しています。

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車庫も併設されています。

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この駅から都心に向かいますと、途中の民権西路駅までは地上を走ります。その車窓が台北市民の生活を垣間見せてくれて、なかなか楽しい(復興崗駅と民権西路駅の間には9駅あるので結構楽しめます)。

ここに貼った写真以外にも結構撮影してしまいましたが、これは愛妻へのお土産写真というより自分用だなあ。

(お知らせ)
年末年始はブログの更新時間がまちまちになっています(普段は23時59分59秒に統一していましたが)。たぶん、しばらくはこの状態が続くと思いますので、「いつもの時間に来たのに更新されていない!」と思わないでね(一応、一日のどこかの時点で更新されています)。

諸般の事情は続く

諸般の事情は続く・・・と言うわけで、今日も過去記事再掲。

---ここから過去記事再掲---

再び紀州鉄道ネタです.DPLは紀州鉄道が好きですね.

今日は,紀州鉄道の廃止区間である西御坊・日高川間0.7km(1934年開業.開業時は「御坊臨港鉄道」.1989年廃止)の現況(廃線跡)を写真でご紹介しましょう(最初の2枚の写真は昨年4月撮影.それ以外は昨年1月撮影).これも以前中途半端に紹介しましたので,今回は完全版(?)です.

下の写真は現在の終点である西御坊駅.このブログでも以前紹介しました.停車中の車両は昨年引退したキハ600ですね(この光景はもう見られません.寂しいな).廃線区間は手前方向に延びています.

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以下,西御坊から順に紹介していきましょう(多少順番が前後するものがあります).

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橋桁が撤去されていることを除けば,全体にほぼ原型を留めており,経済的には兎も角物理的には復活もまったく不可能では無い状況で残存していることがわかるでしょう.

以下の6枚は,終点である日高川駅構内です.5枚目が西御坊方に向かって撮影した全景写真.6枚目の写真(5番目の写真とは反対方向から撮影)はホームであり,左側に小さな木造駅舎がありました.

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いつまでも佇んでいたい場所でした.今日は写真が多いですが,最後にもう一枚.

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現役区間についてもそのうちご紹介いたしますが,この小さな鉄道,DPLを惹き付けて止まないところがあります.

ところで,紀州と言えば紀州梅を思い出しますね.愛妻は,毎年,何種類かの梅を取り寄せて自分で梅干しを作りますが,当然紀州梅も使います(愛妻の漬けた梅干の写真は研究室のPCの壁紙にもなっています).そのうち紹介いたしましょう.


---再掲ここまで---

キハ603が引退してからは紀州鉄道に行ってないなあ~。廃線区間のレールが気にはなるんだけど。

諸般の事情により手を抜きます

本日のブログは諸般の事情により手を抜きます。

と言うわけで、過去記事再掲。一応、昨日の記事と関連あるよ。

---ここから過去記事再掲---

一昨日,このブログで紀州鉄道を紹介しました.そこでも少し触れましたが,週末を中心に運行していた旧型気動車キハ603(廃止になった大分交通耶馬溪線から来た車両)が引退しました.地元の「日高新報」の報道に拠れば,10月25日で定期運転を終了し,11月29日の「引退式」でラストランしたようです(http://www.hidakashimpo.co.jp/news/2009/10/603-1129.php).

今日はこのキハ603の写真を紹介しますが,DPLは,最終運転等に群がる鉄道ファンをあまり好みません.自分もその仲間になるのが嫌なので最後は行きたくてもグッと堪える方です.従いまして,以下ご紹介する写真は,最終運転の半年ほど前の今年4月に撮影したものです.なお,この時は,鉄道ファンには殆ど出会いませんでした.普通に走っている姿を記録することにこそ価値があると思うのですが….

まず,走行中の写真から.下の写真は御坊~学門間で撮影した物です.元気そうに見えますが,乗車してみますと相当にガタがきているのがわかります.

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下はその車内です.クロスシートです.風情はありますがクッションの具合は最悪です.日常的に利用するお客さんは,レールバスの方が喜ばれるでしょう.身勝手旅人にはこちらが良いんですがね.

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下の写真は,JR御坊駅の片隅にあるホームに停車中のキハ603です.この反対側は,JR紀勢本線のホームです.改札口はJRと共通です(臨港鉄道でしたから,当然貨車のやり取りで以前はレールもJR(当時は国鉄だな)と繋がっていましたが,今はレールは繋がっていません).

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最後の二枚の写真は,西御坊駅で撮ったキハ603.上段の写真の左側の建物が西御坊駅の駅舎です.自動販売機の横が入口ですが,駅名を示した看板もありませんので,知らないと通り過ぎてしまいそうです.

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左側に三角形の空き地がありますが,これは大和紡績和歌山工場への専用線の分岐の跡ですね.キハ603は西御坊に到着しますとすぐ折り返してしまいます.

写真は腐るほど撮りました.キリがないのでこれくらいにしておきますが,写真集をPDFにでもして本家サイトにアップしようかとも思います.それにしても,休日をこんな一人旅に出ることを許してくれる愛妻にはいつも感謝しています(この時は丁度,桜が満開の時だったのですが….愛妻と花見にでも行くべきだったかな?).


---再掲ここまで---

「写真を腐るほど撮った」のは間違いなく、そのうち出します。

わずか数年前の写真です

初期の頃の記事です。わずか数年前の写真ですが、この光景も見られなくなりました。

---ここから過去記事再掲---

ここしばらく鉄道に関連はするものの,車両自体は全然出てこない記事が続きました.踏切とか跨線橋,ホームよりも車両に関心のある人の方が多いでしょうから,この辺りで,車両を出してみましょう(と言っても,昨日までの三池鉄道ではありません).

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「いつの時代か?」という写真ですが,昨年4月に撮影した写真です.このブログではおなじみの紀州鉄道の西御坊駅ですね.車両は昨年秋に現役を退いてしまいましたキハ603です.

駅は健在(の筈)ですが,もうこの車両がこの駅に停車することはありません.そう考えると貴重な写真です.昔のボクなら,乗っただけ,降りただけでこのような写真は撮らなかったと思います(せいぜい,駅をバックに記念写真).写真を撮ることの敷居を下げたデジカメ万歳です.

そう言えば,愛妻を写真に撮ったりすることも,デジカメになってから急加速しています.パソコン本体の内蔵HDが写真ですぐ一杯になってしまうのが悩みの種ですが.

ところで,梅雨が明けましたね.待ちに待った夏の到来です.少しテンション上がってきました.


---再掲ここまで---

旅に出たい。死ぬほど読書したい。

八戸が終点だった頃

新函館北斗駅の話題が続きましたが、こちらは、東北新幹線の終点が八戸駅だった頃の写真です(何となく綺麗だったから、必ずしも鉄ちゃんではない愛妻に見せてあげようと撮ったんだよ)。

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6年前だね。この時も北海道へ学会出張だったなあ~。

新函館北斗の「はやぶさ」

新函館北斗駅で発車を待つ「はやぶさ」号であります。

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東京駅での余裕の無い折り返しと異なり、新函館北斗駅での発車には十分な余裕があります(1日13本しか発車しないからねえ。それに東京直通は10本だけだ)。だから、荷物を置いて、車外に出てこんな写真も撮れるのさ。

方向幕(幕じゃないな・・・デジタル式の場合は何て言うんだ?)に八戸、二戸・・・と「戸」が並ぶのは、「これから北東北を通るぞ」感が強くていいね。

愛妻と乗ることが夢だった「トワイライトエクスプレス」が無くなってしまって残念なので、今度は彼女と「はやぶさ」のグランクラスで北海道へ行くことを目標にしよう。

しんはこだてほくと

先日、札幌へ行った話を書きましたが、飛行機嫌いのボクは北海道は基本鉄道で往復します。

こんなボクにとって、北海道新幹線の部分開業は有り難い話でした(青函トンネルの速度規制で思ったほど速達効果はありませんでしたが)。

さて、北海道新幹線の暫定的終着駅である新函館北斗駅です。

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上の写真も下の写真も駅の構内写真としてはイマイチと思われたと思いますが、「しんはこだてほくと」という駅名標を撮影したかったのです。

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それにしても、「しんはこだてほくと」って、平仮名にしますと何が何だか訳が分かりません。それに、字数も多い(「まんざ・かざわぐち」よりも多いんだよね)。

開業前に書いた、過去記事をついでに貼りましょう。

---ここから過去記事再掲---

今春の北陸新幹線金沢開業に続いて、来年春にはいよいよ新幹線が北海道に上陸します。気のせいか、世間のテンションが北陸新幹線ほど高くないような気がしますが、単にボクが知らないだけなのかも知れません。

と言うわけで、新青森駅の在来線ホームであります。

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2010年冬の写真ですね。東北新幹線新青森開業からまだ間がない頃の写真です。弘前大学に出張した帰りに撮影しました。

新青森駅在来線ホームは、特急の始発駅であるにも関わらず島式1面2線という必要最小限のものとなっています(北海道方面への乗換駅の地位が暫定的だからでしょうか?)。このホームに立ったワタクシの正直な感想は「シンプル過ぎるなあ~」というものでした。

写真の中で、「スーパー白鳥25号 函館」の文字が見えますが、このホームで「スーパー白鳥」の文字が見られるのも「函館」の文字が見られるのも、あとわずかだと思いますと、多少の感慨が湧いてきます。

折角なので、「スーパー白鳥」の入線を待って、車両も入れて撮影すれば良かったのでしょうけど、遊びで来たわけではないので、先を急ぎました(このときは弘前から来て新幹線に乗り継いたんだ。「なぜ飛行機を使わない?」とは聞かないで!)。

それにしても、新幹線駅の「新函館北斗」という駅名は個人的にはチョットだなあ。「北斗」の文字を入れないなら「新函館」だろうけど、入れるなら、「新」は必要無くて「函館北斗」だろう・・・な~んて食卓で愛妻相手に主張していますが、地元の人が良ければそれでイイです、ボク。


---再掲ここまで---

「地元の人が良ければそれでイイです」とは書きましたが、正直言いますと、未だにボクは「新函館北斗」という駅名には納得していません。

旧中山道を横切る貨物列車

死んでいる鉄道の話題ばかりでしたので、久しぶりに生きている鉄道の話題。

石灰石専用列車と踏切の写真です。西濃鉄道ですね。

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この地点は、昔、旅客扱いをしていた赤坂本町駅があった場所で(西濃鉄道は今は貨物専用で旅客輸送はしていませんが、同駅のホームは残っています。コチラを参照)、手前の踏切でクロスする道は旧中山道です。

こちらも同じ場所。編成が長い上にスピードが遅いので、踏切を通過し終わるのに結構時間がかかります。

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下の写真は、踏切の手前(乙女坂駅側)。「かずさや茶舗」という看板の左の街灯に、「中山道 赤坂宿」の文字が見えます。

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電柱が邪魔ですが、もちろん、ボクがシャッターを押すタイミングが悪かったのです(前にも書いたけど、愛妻は鉄道ファンではないけど、ボクより遙かにタイミングを逃しません。ですから、彼女だったらこんなにマズイ写真は撮らないと思う(汗))。

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それにしても、茶道具屋さんの店先を、こ~んな貨物列車が通り過ぎる風景は何となくシュールです。

廃墟感がたまらない

昨日、最後にちょっとだけ旧大社駅に触れましたので、関連する過去記事再掲だ。

---ここから過去記事再掲---

昨日の一畑デハニ52は出雲大社前駅構内に留置されているわけですが、大社と言えば、旧国鉄の大社駅を思い出さないわけにはいきません。

今回の一畑電車の旅でも、当然、旧大社駅跡も訪問しました。今日はその時、撮影した写真を貼りましょう。

季節が夏のど真ん中ですので、夏草に覆われています。廃墟感満載ですね。

大社1_convert_20120831165129

大社駅跡は、このブログでも何回か紹介していますが、いずれも草の少ない時期に撮影した写真を貼りましたので、雰囲気が随分と違うと思います。

大社2_convert_20120831165200

遺構調査には夏草は邪魔以外の何物でもありませんが、情緒的には夏草に覆われた遺構は嫌いではありません。つきなみですが、芭蕉の気分であります。

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前回にここを訪れた際には、愛妻に写真撮影を手伝って貰いましたが、今回は一人で写真を撮りまくりました。


---再掲ここまで---

廃駅はこうでなくてはと思うのです。もちろん、朽ち果てない程度に。

もう一つおまけ

昨日と同じ路線の別の箇所の写真。

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踏切だけレールが残っていて、前後は既にレールは取り外されています。

実は5年ぐらい前の写真なので、今はどうなっているのか気になるところ。また出かけてみたいな。

ちなみに、廃線跡はたいがい1人で出かけます(例外は旧大社駅だったかな。愛妻にいろいろ手伝って貰った)。

線路のある風景

愛妻と散歩をするには良い陽気でした(散歩はしていませんが)。

さて、線路のある風景であります。

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もちろん、この線路は死んでおり、今後車両が通ることはありません。旧国鉄時代に特急も走った線路ですが、勿体ぶって場所は書かないでおきましょう。

これに似ていないこともない

3日前の「青の交響曲」ですが、雰囲気がこれに似ていないこともない。

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愛妻と行った英国ヨークの国立鉄道博物館の保存車両の一つ。せっかく、鉄道博物館に行ったのに、この頃は「鉄」を封印していたので、人物写真ばかり撮っておりまして、これもその類の写真をトリミングしたものだ(汗)。

サボには、「ロンドン-パリ」とありますが、これはオリエント急行用の客車だな。

「青の交響曲」はオリエント急行を意識しているように思うのですがどうなんでしょう?

在りし日のトワイライトエクスプレス

一昨日の「青の交響曲」を見ていましたら、「トワイライトエクスプレス」を連想し、「そう言えば、トワイライトエクスプレスに愛妻と一緒に乗りたかったのに、結局乗ることが出来なかったなあ~」と悔しくなってきました。

と言うわけで、大阪・札幌間を走行していた頃の「トワイライトエクスプレス」であります。

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「青の交響曲」は良い車両だと思いますが、それゆえに南大阪線や吉野線に閉じ込めておくのは何だか勿体ないのであります(ゲージの関係でしょうがないのですが)。走行区間は60kmをちょっと越える程度で、乗車時間が1時間一寸ってちょっと短か過ぎるなあ。

豪華列車は、「トワイライトエクスプレス」のように、1500kmぐらいの長距離を走って貰わないと醍醐味がない・・・な~んて思います。それで言えば、JR九州の「ななつ星in九州」でも走行距離短いよね。

吉野線の特急と言えば・・・

「青の交響曲」を昨日紹介しましたが、吉野線の特急と言えばこちらも忘れてはいけません。

---ここから過去記事再掲---

知人が、近鉄特急「さくらライナー」に乗車したとかで、「ピンク大好き鉄道青年」のワタクシのために写真を撮影しておいてくれました(ちなみに、知人は鉄道ファンじゃないよ)。

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なかなかハイセンスなロゴでありますね。

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車内もピンクだ!徹底しているのが良いですねえ。

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ご承知のように、大阪阿部野橋と吉野を結んでいます。桜の季節には大活躍でしょう。

ワタクシはまだ乗ったことがありませんので、いつか、愛妻とこれに乗って花見に行きたいな~。


---再掲ここまで---

ボクは、どうしても快速急行とか急行などの特別料金の要らない方に乗ってしまうなあ~。たまには贅沢しよう(嘘)。
プロフィールなど

Author:プリティラヴ博士(DPL)
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いまも愛妻に心のトキメキを覚えるハート庵主人・プリティラヴ博士(DPL)が,皆さまに「愛」の御福分けをいたします.愛妻家および愛妻家ファン必読!過去記事の一覧はこっちだよ.
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DPLのプロフィール:愛妻家,甘党男子,散歩家,鉄道青年,活字中毒者,長髪ピンク野郎,英国かぶれ,農学博士,自称経済学者,大学教授(もと経済学部長),馬術部長(残念ながら乗馬経験はありませんが,象にはインドで乗りました)など.主に大阪周辺をチョロチョロしています.

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