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大阪大国技館

何日か前の『読売新聞』夕刊の一面トップに「発掘、大阪国技館」という記事が出ていたなあ~と思い出し(愛妻に切り抜いて貰うのを忘れていたなあ)、大学の新聞データベース(『ヨミダス歴史館』)で調べてみました。

もちろん、「大阪国技館」のキーワードですぐ出て来ました(9月21日大阪夕刊)。実際の見出しは「発掘!大阪大国技館 昭和初期 2.5万人収容 双葉山ら活躍」でした。以下、一部引用しましょう。

昭和初期、大阪市東部の城北川沿いに大阪大国技館があった。昭和の大横綱・双葉山(1912〜68年)らが活躍したが、昭和戦争後に取り壊され、跡地は団地に。往時を知る人が減る中、同市城東区と市民らがゆかりの地を巡るコースを作り、24日に講座の参加者を案内する。(桑田睦子)/大阪市城東区古市。マンションが立ち並ぶ住宅地で、ガイド団体「OSAKAゆめネット」所長の浜田容子さん(61)(大阪市北区)らが地図を手に歩いた。跡地は団地に姿を変えたが、かつて相撲茶屋が立ち並んだ通りや、力士の墓がある霊園などを確認し、地図に書き込んだ。大阪大国技館は1937年5月に完成した鉄筋コンクリート造4階建て。こけら落としの興行には双葉山が出場し、満員の日が続いたと伝わるが、戦争の影響などで興行は3年後に終了。本場所は行われず、興行が計7回だった。/倉庫などに転用された後、51年頃に解体され、周辺は住宅地に。(後略)

実に興味深いのであります。さらに、現在も関心を持つ市民が少なくないことも嬉しいのであります。さらにさらに、夕刊のトップをこのような記事が飾ること自体喜ばしいのであります。

DPLは相撲に特に興味があるわけではありませんが、人々で賑わった場所の変貌(昔と今)に強い関心があります。特に、国技館そのものよりも、「かつて相撲茶屋が立ち並んだ通り」に興味がそそられます。そのうち歩いて、ここでもレポートしましょう。

ところで、ついでに「大阪国技館」をキーワードにして戦前の新聞記事を検索したところ「大阪国技館認可さる」という見出しの以下のような記事が出て来ました(『読売新聞』1936年朝刊7面)。

【大阪電話】角道復興の波に乗って大阪旭区関目町旭土地興業株式会社(代表者木村栄吉氏)ではかねて旭区今市町に約五千坪の敷地を買収し大阪国技館建設を計画出願中のところ二十四日許可された

これだけの短い記事ですが、ますます「大阪国技館」が身近なものに感じられるのであります。それにしても、データベースで簡単に昔の新聞記事が引っ張りだせるとは良い時代になったものです(今さらですが)。近現代史の本を読みながら当時の新聞を閲覧するのも乙なものですよ。
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