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松本清張と添田線と田川線

松本清張『実感的人生論』のKindle版を読んでおりましたら、以下のような記述にぶつかりました(位置No.1083/2161)。


そのころ、わたしの住んでいる場所から社に行くには田川線という鉄道線路を歩いたほうが近かったが、往きも帰りも筋立ての思案に耽っていた。単線なので、ぼんやりしていると背後からくる汽車に轢かれかねなかった。そんな際には汽笛も耳に入らないのである。


おやおや?という感じです。

この部分、松本氏が処女作の『西郷札』を書いていた頃の話ですが(上の引用文の初出は「『西郷札』のころ」(『週刊朝日増刊』昭和46年4月5日)です)、松本氏が当時住んでいたのは、田川線ではなく添田線(廃線)の沿線であったハズです。

もちろん、単純な思い違いなのでしょうが、ウィキペディアの「西郷札(松本清張)」の項でも、「エピソード」の解説で、この部分を引いて、やはり「田川線」としていて、さらにご丁寧に「現:平成筑豊鉄道田川線」としていますが、これはウィキペディアの完全な間違いです。

ちなみに、田川線は行橋・伊田(現:田川伊田)間の路線であり、小倉付近は通りません。なお、田川線は添田線と立体交差しておりました(以前もこのブログで紹介)。

下の写真は、国鉄田川線の後身である平成筑豊鉄道田川線ですが、丁度、添田線と立体交差していた地点です。

田川線_convert_20160306182638

橋台が写っていますが、これが添田線のもの。

まあ、自分もよく間違いをしでかすのに、人の間違いを見つけて鬼の首を取ったように得意になるのは、愛妻の前だけにしておきます。それなら書かなければいいんですが(汗)、「本日のネタを思いつかなかったので」ということで勘弁してください。
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いまも愛妻に心のトキメキを覚えるハート庵主人・プリティラヴ博士(DPL)が,皆さまに「愛」の御福分けをいたします.愛妻家および愛妻家ファン必読!過去記事の一覧はこっちだよ.
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DPLのプロフィール:愛妻家,甘党男子,散歩家,鉄道青年,活字中毒者,長髪ピンク野郎,英国かぶれ,農学博士,自称経済学者,大学教授(もと経済学部長),馬術部長(残念ながら乗馬経験はありませんが,象にはインドで乗りました)など.主に大阪周辺をチョロチョロしています.

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