FC2ブログ

よく見ないと判らない鉄道遺構

昨日紹介しました鞍手軽便鉄道は、もうあまり痕跡が残っていないのですが、下の写真はわずかに残る遺構の一つです。

P1280412_convert_20160526200022.jpg

筑豊電鉄の楠橋駅の近くです。煉瓦造りの橋台の遺構ですが、注意して見ないと見つけられません。特に夏は草で見えないかも知れません。

もう少し判り易い遺構は、下の過去記事で紹介しました。やはり、筑豊電鉄の香月駅の近くです(鞍手軽便鉄道は、筑豊電鉄と平行している区間が結構あるんだよね)。ちなみに、鞍手軽便鉄道は、過去記事にも書いたように、その後、筑豊鉄道を名乗りますので紛らわしいのであります。

---ここから過去記事再掲---

煉瓦造りの古い橋台の写真を一枚。

P1250557_convert_20130221204115.jpg

前後に築堤はありませんし、橋脚や対岸の橋台も残っていませんが、鉄道用のものです。

背後に回ってみましょう。

P1040878_convert_20130221204038.jpg

この橋台の遺構、昨日のレール同様に偶然見つけました。場所も、同じ福岡県ですが、昨日は鞍手郡小竹町、こちらの方は、北九州市八幡西区です。

同区にありました大辻炭鉱の跡地を訪ねるために、筑豊電鉄の香月駅で下車し、愛妻に「元気に調査先に向かっているところで~す!」というメールを送信し、歩き出して早々に見つけました(実は道を間違えて歩いていたのですが・・・)。

大辻炭鉱には国鉄香月線(廃線)が通じていましたが、これは、それの遺構とは違います(ルートが正反対の位置にあります)。

後で調べてみますと、この遺構、半世紀以上前(1954年)に廃止になった筑豊鉄道(ただし、同じ名前の鉄道会社は他にもあります。たとえば昨日の国鉄幸袋線も元は筑豊鉄道ですが、同名異社です)のもののようです。

開業は、1915年(鞍手軽便鉄道として開業)で、香月と野面の間を結ぶ3.8kmの短い鉄道でした。営業期間も40年未満の短いものでしたが、このように遺構が残っているのが何となく不思議であります。

筑豊は鉄道密度が異常に高い地域でしたので(もちろん、石炭輸送目的)、ふいに鉄道遺構に出会っても不思議ではないのですが、逆に言えば気が抜けませんね。


---再掲ここまで---

本当に気が抜けません。
スポンサーサイト



コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

プロフィールなど

Author:プリティラヴ博士(DPL)
くちびる4_convert_20091214215454
--------
いまも愛妻に心のトキメキを覚えるハート庵主人・プリティラヴ博士(DPL)が,皆さまに「愛」の御福分けをいたします.愛妻家および愛妻家ファン必読!過去記事の一覧はこっちだよ.
--------
DPLのプロフィール:愛妻家,甘党男子,散歩家,鉄道青年,活字中毒者,長髪ピンク野郎,英国かぶれ,農学博士,自称経済学者,大学教授(もと経済学部長),馬術部長(残念ながら乗馬経験はありませんが,象にはインドで乗りました)など.主に大阪周辺をチョロチョロしています.

--------
DPLへのメールは,ここ(←メールフォーム)から出してね!


P1020343_convert_20090925225456.jpg

DSCF4284_convert_20100217093716.jpg

一日一回,下のバナーを押して下さいますと,DPLはとても喜びます.

カテゴリ
カテゴリごとのインデックスを頭に付けましたので活用してね!
最新記事
全記事の一覧

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
FC2カウンター
カレンダー(見たい日付をクリック)
<< 07
2021
>>
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: