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昨日の話の補足

昨日の話の補足になる過去記事です。そんなに前の記事ではないよ。

---ここから過去記事再掲---

昨日ちょっと触れました「添田線」ですが、この路線名自体はなかなか興味深い歴史があります。

実は現在の日田彦山線(城野~香春~田川伊田~添田~夜明)の前身が、初代の「添田線」で、東小倉~城野~香春~大任~添田を結んでいました(城野~香春間が現在の日田彦山線と同じ)。

その後、東小倉~城野間が廃止されて残りの区間が日田線と改称され、さらに、その後、香春~大任~添田間が日田線から分離されて再び「添田線」を名乗ることになります(一方の日田線は、香春~伊田(現在の田川伊田)~添田~夜明の区間を編入の上で日田彦山線に改称)。

初代と二代目では同じ「添田線」を名乗っていても、性格が全然異なることがわかると思います(一応、後者は前者の一部ではあるのですが・・・)。

この二代目の「添田線」は1985年に廃止されてしまいます。JRへの移行が1987年ですので、国鉄添田線のまま消えて行きました。

大雑把な歴史は以上ですが(肝心の年が入っていないのは確認が面倒になったため(汗))、松本清張の『半生の記』に登場する「添田線」(とは書いてないけどたぶん)は初代の方で、しかも東小倉~城野間だと思います(この区間は最後は貨物線でした)。

さて、今日は添田線の遺構を紹介しますが、実は、松本清張とは直接関係ない(『半生の記』には登場しない)香春~大任間に残る遺構であります。

まず一枚目。

添田1_convert_20160224231416

結構立派な築堤です(レールは残っていません)。香春駅を過ぎて日田彦山線と分岐して間もない辺り。香春方向を向いて撮影しています。背後に香春岳が見えますね。

下の写真は上の写真の地点からさらに一寸だけ大任方向に進んだ辺り。右側の道ではなく細長い畑が廃線跡。やはり香春方向を向いて撮影しています。

添田2_convert_20160224231432

そして、最後が田川線(現在の平成筑豊鉄道)を跨いでいた陸橋の橋台。左が大任、右が香春方向。

添田3_convert_20160224231448

この先にまた短い築堤が残りますが、それを過ぎると後は道路に転用され、鉄道の痕跡は無くなります(道路の線形に名残があるだけ)。

ちなみに、上の写真は、大正4年に小倉鉄道として開業した区間ですので、なかなか歴史があるのであります。と言うようなことを愛妻相手に得意になって喋っていますが、興味の無い人には全然面白くないよね。


---再掲ここまで---

この記事では、地図を示していませんので、昨日の記事は補完的役割を果たしているとも言えます。

それにしても、古い地形図で下調べをして、新しい地形図を片手に現地を歩くことほど楽しいことはないよね。
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いまも愛妻に心のトキメキを覚えるハート庵主人・プリティラヴ博士(DPL)が,皆さまに「愛」の御福分けをいたします.愛妻家および愛妻家ファン必読!過去記事の一覧はこっちだよ.
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DPLのプロフィール:愛妻家,甘党男子,散歩家,鉄道青年,活字中毒者,長髪ピンク野郎,英国かぶれ,農学博士,自称経済学者,大学教授(もと経済学部長),馬術部長(残念ながら乗馬経験はありませんが,象にはインドで乗りました)など.主に大阪周辺をチョロチョロしています.

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