FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

その後かれらはどうなったか

前にも書きましたが,DPLの夏休みの生活パタンは,午前中は書斎で勉強して,午後は研究室に出てきて仕事をするという極めて単調なものです.昼食は,出かける前に,ハート庵で愛妻と一緒に摂ったり,愛妻弁当を持参して研究室で摂ったりします.来週半ばから授業開始ですので,しばらくこの生活パタンとはさようならですが,一寸名残惜しいな.

さて,一昨日も書きましたが,今日は近畿産業考古学会の見学会(神子畑選鉱所跡など)に参加するつもりで楽しみにしていたのでしたが,所用で行けませんでした.と言うわけで,ブログの中だけでも,産業遺産を話題にしましょう(でも,昨日も一昨日も産業遺産ネタだったな・・・).昨日に引き続き,旧三池炭鉱に関連する話ですが,しばらくお付き合いください.

下の写真は,旧三池炭鉱万田坑の近くで撮影しました.

炭鉱住宅_convert_20100911130324

門柱が雑草の中に残っていますが,これは多分,炭鉱住宅の跡であると思われます.このような建物跡が,万田坑周辺ではあちらこちらに見られます.建物自体は殆ど残っていません(雑木林になってしまったところもあります).「ゴーストタウン的な不気味な場所」と想像されるかも知れませんが,不思議とそのような感じはまったく受けません.

このような場所を歩きますと,炭鉱が廃業するということは,同時に生活空間も消滅することであるということを,今さらながら実感します.炭鉱住宅跡というものは,炭鉱で働いていた人々やその家族の「存在」を否応なく思い出させてくれます.DPLは,ここに住んでいた人々の「その後」がとても気になりました.

ここまで書いてきて,DPLが農学部の学生の頃,天間征『離農:その後かれらはどうなったか』(日本放送出版協会,1980年)という本を読んで感銘を受けたことを思い出しました(炭鉱の話とは直接関係ありませんが).この本のサブタイトルが内容を端的に表していますが,日本の高度経済成長期に北海道十勝地域で離農した約1万世帯を,全国規模で追跡調査(葉書アンケートと面接調査の併用)した結果をまとめたものです.

著者は既に故人ですが,著名な農業経済学者でした.一般的な農業経済学者の関心は,農家が離農する時点までしかなく,離農して他産業や都市に移動した人々の「その後」は関心外となります(天間氏のように,そうでない研究者も勿論います).その点で,本書は極めてユニークなものでした.DPLは本書から天間氏の研究対象への「愛」のようなものを感じて感銘を受けたのだと思います.

産業遺産の話に戻しますと,「広義の」産業考古学も,産業遺産と関わりのあった人々(例えば,炭鉱で働いていた人々)の「その後」も積極的に視野に入れるべきではないか,とふと思いました.
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

プロフィールなど

Author:プリティラヴ博士(DPL)
くちびる4_convert_20091214215454
--------
いまも愛妻に心のトキメキを覚えるハート庵主人・プリティラヴ博士(DPL)が,皆さまに「愛」の御福分けをいたします.愛妻家および愛妻家ファン必読!過去記事の一覧はこっちだよ.
--------
DPLのプロフィール:愛妻家,甘党男子,散歩家,鉄道青年,活字中毒者,長髪ピンク野郎,英国かぶれ,農学博士,自称経済学者,大学教授(もと経済学部長),馬術部長(残念ながら乗馬経験はありませんが,象にはインドで乗りました)など.主に大阪周辺をチョロチョロしています.

--------
DPLへのメールは,ここ(←メールフォーム)から出してね!


P1020343_convert_20090925225456.jpg

DSCF4284_convert_20100217093716.jpg

一日一回,下のバナーを押して下さいますと,DPLはとても喜びます.

カテゴリ
カテゴリごとのインデックスを頭に付けましたので活用してね!
最新記事
全記事の一覧

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
FC2カウンター
カレンダー(見たい日付をクリック)
<< 12
2018
>>
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。