FC2ブログ

古代道路の痕跡を訪ねて

またまた愛妻にお弁当を作って貰い,一人でフィールドワーク(?)に出かけて来ました.先週は,鉄道廃線跡でしたが,今回は,古代道路(律令国家によって設定された駅路.直線的で幅員が大変広いという特徴があります)の跡を辿ってきました.

時代が全然違う対象ですが,地図首っ引きで,キョロキョロしながら細長い痕跡を辿るという点では,廃線跡探訪と共通しています.

ところで,なぜ古代道路に興味を持ったかと申しますと,今年,中村太一『日本の古代道路を探す:律令国家のアウトバーン』(平凡社新書,2000年)を読んで強く影響されてしまったのですね.10年ほど前の本ですが,「もっと早く読んでおけば良かった」と強く思いつつ,夢中で読みました.

新書ですから,スペースが限られているのですが,「古代道路の探し方」まで解説されており,大変ワクワクさせられました.関連書籍を集めつつ,「実際に現地で観察したい!」とムズムズしていたのですが,今日ようやくそれを果たしたという次第です.

と言っても,古代道路に関しては,DPLはまったくの素人です.中村前掲書に紹介されている痕跡のなかで,近くて判りやすい場所を選んで行きました.場所は明石市二見町の国道2号線沿いにある稗沢池です(最寄り駅はJR山陽線の土山駅).

これです.

稗沢池古墳_convert_20111224214153

「池が,どうして古代道路と関係あるの?」と思われるかも知れませんが,この池,真ん中に堤があり,その堤がどうも古代道路の痕跡にあたるそうです.上の写真の真ん中に写っている堤がそれですね.

反対側から撮影しますと,下の写真になります.

稗沢池古墳2_convert_20111224214217

なお,円墳のようなものが写っていますが,これは「稗沢池古墳」です.

稗沢池古墳3_convert_20111224214236

古代道路の幅員は,中村前掲書によれば,前期駅路が12メートル前後(広い!),後期駅路や伝路が3~6メートルという例が多いそうなので,これらの写真の堤の幅から,古代道路の姿を想像してはいけません.あくまでも,「この堤が通っている位置にあった」と言うことです.

今回は,稗沢池だけでなく,賀古駅家の遺跡とされている古大内遺跡まで歩きました.

途中,稗沢池の堤のように判りやすい場所は少なく,古代道路跡に家が建ったり,農地になったりしていますので,土地利用の境界線から推測したりと言った具合で,文字通り右往左往しましたが,これがまたパズルを解いているようで楽しい.ハマリそうです.
スポンサーサイト



コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

プロフィールなど

Author:プリティラヴ博士(DPL)
くちびる4_convert_20091214215454
--------
いまも愛妻に心のトキメキを覚えるハート庵主人・プリティラヴ博士(DPL)が,皆さまに「愛」の御福分けをいたします.愛妻家および愛妻家ファン必読!過去記事の一覧はこっちだよ.
--------
DPLのプロフィール:愛妻家,甘党男子,散歩家,鉄道青年,活字中毒者,長髪ピンク野郎,英国かぶれ,農学博士,自称経済学者,大学教授(もと経済学部長),馬術部長(残念ながら乗馬経験はありませんが,象にはインドで乗りました)など.主に大阪周辺をチョロチョロしています.

--------
DPLへのメールは,ここ(←メールフォーム)から出してね!


P1020343_convert_20090925225456.jpg

DSCF4284_convert_20100217093716.jpg

一日一回,下のバナーを押して下さいますと,DPLはとても喜びます.

カテゴリ
カテゴリごとのインデックスを頭に付けましたので活用してね!
最新記事
全記事の一覧

全ての記事を表示する

リンク
このブログをリンクに追加する
FC2カウンター
カレンダー(見たい日付をクリック)
<< 08
2021
>>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: